何かを得るにはそれと同等の対価が必要ならブログを書くにはどんな対価(犠牲)が必要か?

「何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる」
これが世界の真理ならば、ブログを書くためにも同等の対価(犠牲)を差し出さないといけません。

ブログを書くにはどんな対価(犠牲)が必要か

「人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない
何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる」

荒川弘 鋼の錬金術師より

引用した「鋼の錬金術師(ハガレン)」は私が世界で一番好きなマンガです。
全巻新品を買いました。
(好きなマンガや本は必ず書店で買う主義です)
アニメも一期、二期ともに良かったです。

さて、ではブログを書くためにはどんな対価が必要なのか考えてみました。
・インプットをする時間
・家族と過ごす時間
・睡眠時間
・テレビをみる時間
・電車のなかでスマホをいじる時間
・スマホでゲームをする時間
・良くわからない飲み会

要は「時間」という対価が必要そうです。

差し出して良い「時間」、いけない「時間」

上記で挙げたうち、次のものは私にとってはなくても良い時間です。
・テレビをみる時間
・電車のなかでスマホをいじる時間
・スマホでゲームをする時間
・良くわからない飲み会
これらの時間がないと生きていけないなら別ですが、私にとってはムダと思える時間ですので、いくらでも差し出します。

一方で、次の時間は差し出してはいけません。
・インプットをする時間
・家族と過ごす時間
・睡眠時間

いずれもブログを書くとか関係なしに大切な時間です。
これらを犠牲にしてはいけません。
もし、犠牲にしなければ得ることができないことであれば
手に入らなくて構いません。
それに、仮に家族や睡眠時間を犠牲にしてもそれが手に入る保証はありません。
大切な弟を犠牲にしても母親は戻ってこないのと同じです。

このことから、ブログを書くというのは何気なく過ごす日々の時間を棚卸して
大切なものだけを残す行為になっているかもしれません。

まとめ

日中雇われ先で仕事をしているので、朝や夜、休憩時間や通勤電車のなかでないと記事を
書けないので平日毎日は結構大変です。
出来る限り続けるつもりですが、家族を犠牲にしないと書けないような日は書くのを諦めるつもりです。


【編集後記】
ところどころハガレンネタが入りました。
好きなので書いてる最中に色々浮かんでくるのでこれでも抑えてます笑
久しぶりに原作を読み返したくなりました。

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ちなみに、実写版については(この記事を執筆時点で公開前ですが)ノーコメントで。
エンヴィー役の本郷奏多さんははまり役すぎだと思います笑

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